平成18年度研究報告

コンピテンシー概念とプロフェッショナリズムの重要性

 先行研究で行ったEBMに関する概念整理(脚注:参照)によって、診療の標準化による医療の質および患者安全の確保と、臨床判断の個別化による患者ニーズへのきめ細かい対応とのバランスを分かりやすく説明することが可能となり、また、実践的な成人教育の軸となるべきコンピテンシー概念に基づいた患者安全とEBMに関する教育目標の定式化が可能になった(「臨床研修病院における患者安全向上に寄与するEBM教育企画の開発に関する研究」平成16年度研究報告書参照)。

結論から先に言えば、EBM教育の土台となるべき教育理念とは、コンピテンシー概念を軸に医療職全体としての社会的責任を明確にすること、即ち、新たな職業倫理(プロフェッショナリズム)を確立するとともに、それを如何に次世代に伝えてゆくか、との観点から、「EBM」を、「患者安全」、「患者中心」、「チーム医療」等の概念と共に包括的に捉えることであるといえる。

コンピテンシー概念は、従来から組織開発、組織管理などの経営管理領域で重視されてきたが、近年、医療安全および医学教育改革の双方の観点から、専門職業人の「行動様式」としての実践能力を測定する概念的な指標として注目されている。今日では、医療人としてのコア(核)となるべきコンピテンシーの具体的内容が様々の形で提案されているが、本研究班では、医療安全教育をテーマとする関連研究班と連携して討論を重ね、米国医学研究所(IOM)が医療安全に関連して上梓した「医療人教育」に関する最新の著作を参照しつつ概念整理を行った。特にこの過程で、医師が合理的に検証された有効な診断・治療法を選択することとそれを安全に実施するための医療機関としてのシステム作りが医療の受け手に最良の結果(アウトカム)をもたらすためには欠かせないこと、すなわち、医療の安全とEBMが不即不離の関係にあることが明らかになった。(医療安全・コンピテンシーに関する参考資料(資料編)を参照のこと)

 

※脚注:定型患者・複雑患者・例外患者:
臨床医にとって、標準的な診断・治療法が確立している大多数の場面(定型患者:約80%)では、標準教科書やそのダイジェスト版としての診療マニュアル、あるいは個々の疾患・病態については公表されている診療ガイドラインを利用するのが実際的である。したがって、最新・最良の医学情報に基づくというEBMの基本理念に即していえば、これらの標準的情報媒体の内容がどれだけ包括的に最新の医学情報を網羅しているかを検証することが課題となる。ついで、残り20%のやや特殊な場面のうち、その多く(複雑患者:約15%)では、標準教科書による情報だけでは不十分と感じられても上記の診療ガイドライン、さらにEBMの二次資料と総称されている様々の情報源を利用することで問題の解決を図ることが出来る。勿論、検索ツールを利用して、当該問題に関する最新の一次情報を得ようとすることもここに含まれる。最も例外的な患者(例外患者:約5%)については二次情報からヒントを得ることもできるが、多くは一次情報に直接当たり、さらに医学判断学(臨床決断分析)を用いた臨床判断を迫られる。

研究成果:その1

EBM新時代とEBM教育のあり方についての一考察

研究成果:その2

論考:EBMを実践できる医師を育てる環境は進んだか?

研究成果:その3

論考:医療のグローバルスタンダードに開眼させるEBM教育

研究成果:その4

臨床研修指導医のための講習会(ワークショップ)

おわりに―今後への期待

卒直後の臨床研修医がそれぞれの研修病院で自らの臨床判断について反省する機会となるのは(1)早朝(申し送り)カンファレンス(毎日)、(2)症例検討会(毎週)、(3)文献抄読会(1〜2回/月)、(4)退院時サマリーの記載(5)学会地方会での症例発表やセミナー、ワークショップへの参加(1〜3回/年)等の教育的企画であるが、本研究においては、これらの各研修病院における多様な教育的企画に直ちに適用できるようなEBM教育支援パッケージを企画・開発した。本研究においては、これらの各研修病院における多様な教育的企画に直ちに適用できるようなEBM教育支援パッケージを企画・開発した。開発された教材には、実際の症例に基づくシナリオ集、現場指導医のための研修医指導用ガイドブックや研修医が自己学習するためのシラバスが含まれ、指導医が自信を持ってEBMの実践を指導し、EBMに不慣れな研修医が興味を持って活きたEBMを段階的に学べる機能を備えている。

本研究により開発された研修医のためのEBM支援パッケージが普及すれば、研修医の間に根拠に基づいて臨床判断を行う習慣が身につき、伝習的傾向の強かった旧来のわが国の医療界の風潮を改革し、将来の医療を担う若い医師の医療者としての行動パターンに生涯良い影響を与え続けることが期待できる。

国民医療費の高騰は現在大きな政策課題となっているが、適切で無駄のない医療を実践する習慣が医師としての生涯の早い時期に身につけば、医療費の削減が期待できるだけでなく、患者のQOLに着目するEBMの実践は、医師の職業人としての自覚を高め、医療提供の究極の目標とも言うべき医療の質改善にも直結する効果が期待できる。