臨床研修指導医のための講習会(ワークショップ)

開催日時:平成17年11月26日(土)午前11時〜平成16年11月27日(日)午後5時
開催場所:健保会館「はあといん乃木坂」 東京都港区南青山1-24-4

はじめに

本講習会の原型は平成12年度厚生科学研究課題「EBM普及支援システムの開発に関する研究」が実施した「いつでもどこでもだれでもEBM講習会」である。この歴史的第1回EBM講習会では、英国におけるEBM普及の第一人者であり、クリニカルエビデンス原著初版の編集にかかわったこともあるアンナ・ドナルド女史に特別講演をしていただくとともに、EBMの視点で症例シナリオと関連文献を小グループで検討するワークショップ形式を取り入れた。この講習会にはEBMに関心を持つ臨床医が多く参加したものの、講習会自体は、卒後臨床研修における指導医研修を特に意図したものではなかった。
第2回目のEBM指導者講習会は、平成15年2月、上記研究班を受け継いだ「臨床研修医を対象としたEBM普及支援のためのシステム開発に関する研究」班が主催し、医師の卒後臨床研修必修化を視野に入れ、診療の現場で研修医に日々接する指導医を想定して、EBM教育を如何に推進するか、という視点を軸に据えた。講習会プログラムは、「教え方を教える」ことを中心に構成し、第1回講習会で取り入れたワークショップ形式を拡充、活用した。また、医師患者関係については、NBM(Narrative Based Medicine;「語り」に基づく医療)? についての講演で患者中心の医療、特に、患者の言葉(患者の語る物語)に耳を傾けることの重要性を力説した。
第3回目の講習会(平成16年2月)では、新医師臨床研修制度に基づく臨床研修の必修化が目前に迫っているのを機に、更に講習会の内容を吟味し、臨床研修指導医のための講習会として必要不可欠な要素を企画に盛り込んだ。具体的には、臨床研修指導医に対象を絞って参加者を募り、単にEBM教育にとどまらず、カリキュラムプラニングの基本、患者安全管理のあり方についての講演等を含め、臨床研修指導医の“教育者”としての総合的な資質向上を目指した。
第4回の講習会(平成16年11月)では、基本的に前年度の構成を踏襲してEBM教育に力点を置きつつ、臨床研修指導医の総合的な資質向上を目指した。特に研修病院における文献抄読会や症例検討会を通じてのEBM普及を念頭に、カリキュラムプラニングについてのグループワークではEBM普及のための方略を中心としたプロダクト作成を目指した。
今回(第5回)も、前回、前々回と同様、医療安全とEBMを中心に講習会を企画した。新時代の医療のグランドデザインにも言及する包括的な講演を皮切りに、第1日目と第2日目にそれぞれタイプのやや異なる2つのEBM教育実践例を、参加者自身が研修医役で体験する形で紹介しつつ、「医学教育者のためのワークショップ」(いわゆる富士研)をベースとした教育ワークショップ形式を踏襲し、なかでも臨床研修に応用可能な「方略」に力点を置き、研修医にEBMマインドを身に付けさせるためのカリキュラム実施に当たって現場の指導医として工夫できることについてのグループ討論に時間を割いた。
また、今回は研修病院におけるEBM教育の実践例の紹介や産婦人科領域におけるEBM普及の現状についての講演も取り入れたため、昨年度にも増して非常に窮屈なスケジュールとなったが、臨床研修指導医のための講習会としてはかなり高度な内容にまで踏み込み、特色のある充実した企画となったと自負している。
今回は直前の参加辞退者が10名と多く、最終的な参加者は29名(うち3名は臨床経験5年未満で医政局長名の修了証を発行せず)であった。
以下講習会の各セッションについて実施された順に紹介する。

第1日目 その1

最初のセッションでは、まず、ワークショップ(講習会)ディレクター(小泉)が、ワークショップの概要説明と共にアイスブレーキングを兼ねた参加者の「他己紹介」セッションを司会した。今年度も北海道から沖縄まで全国からの参加があったが、ある程度の基礎知識を持ち、現場の研修医教育に当たってEBMの概念を再確認したいとの希望を持った参加者が多かった。ついで、ディレクターが新医師臨床研修制度の概要とその歴史、EBMの基本概念とその本来的意義、新しい教育理念とその方法論、医療安全と医療の質について導入的な解説を行い、特に医療人のコア・コンピテンシー概念ないしは医療人のプロフェッショナリズムがこれらの一連の医療改革運動を結びつける鍵であることを示した。

第1日目 その2

ついで研究班のコア・メンバーの一人で、本講習会の第1回目からこの企画に中心的役割を果たしてきた国立保健医療科学院の長谷川敏彦氏による「EBM---今何故必要か---医療における安全管理とEBM」と題した講演があった。今日の医療改革の歴史的意義も含め、臨床教育改革、医療安全の歴史とこれらの領域における大きなパラダイム転換およびEBMの今日的意義についての熱のこもった講演であった。膨大なテーマではあったが、ごく最近の事象も講演の中で取り上げられ、参加者は、現在、医療が世界規模で急速に変貌しつつあることを改めて理解し、大いに感銘を受けた。

第1日目 その3

昼食後は約2時間にわたって、横須賀市立うわまち病院の名郷直樹先生が同病院の研修医を伴い、院内ジャーナルクラブ(抄読会)でのEBM実践の実際を、グループワークセッションを含む双方向講義の形で紹介された。虫垂炎が疑われる患者を例にとって、腹痛をテーマに短時間で原著論文に手早く目を通し、その中から大切なメッセージを掴み取る工夫を参加者が共有できた。グループワークのプロダクトも参加者のレベルの高さと熱意が伝わる内容であった。講演自体もエネルギッシュで、アイスブレーキングの実例もいくつか示され、研修医のグループダイナミックスを高める工夫について参加者は大きな示唆を与えられ、地域医療の現場でEBMを実践してきた名郷医師のEBMに関するフィロソフィーに触れることもできた。

第1日目 その4

会場にはグループごとにパソコン1台と数回線のインターネット端末が用意され、その場でいくつかのEBMリソースにアクセスできる環境が整えられていたが、1日目の午後4時から約1時間にわたってこれらのツールの使い方についての解説があった。
UpToDateについては日本事務所の担当者から使用法についての解説が、ユサコ社の担当者からはOvidによるMedline検索や新しいEBMツール(SKOLARやINFOPOEM)についての解説があった。コクランライブラリーについては秋田大学の金子先生による解説と研究班員の津谷喜一郎教授からの追加発言があった。次いで短時間ではあったが参加者によるコンピュータ操作体験時間を設けた。

第1日目 その5、6

研究班員の長谷川友紀東邦大学教授による診療ガイドラインについての講義では欧州で開発されたガイドライン評価法(AGREE)も紹介され、医療の質にかかわる診療ガイドラインの役割についての理解を深めることができた。引き続いて、研究班員の武藤正樹先生(国立長野病院副病院長)からEBMとクリティカルパスについての講義があった。わが国のクリティカルパス普及のリーダー自身から実践例がいくつか紹介され、パス作成を通じて広がる医療の質改善運動の活発な動きを知ることができた。

第1日目 その7、8、9

夕食を挟んでEBMの基盤をなす3つの学術領域についての講義が行われた。これらの内容は研修医を対象とした初期コースの講習会では扱わない内容であるが、指導医には必要とされる内容であり、参加者はやや受動的にならざるを得なかったが、これまでの講習会で何度も取り上げられ、内容的にも洗練されていたため、参加者は集中して受講できたようであった。治療と診断に関する医学判断学についての講演は、医療経済学、技術評価論も含めて上記の長谷川敏彦先生が、「臨床疫学をどう学ぶか」については香川大学医療管理学助教授の平尾智広先生が、「EBM理解のための生物統計学のヒント」は神戸大学都市安全医学教授の鎌江伊三夫先生が担当された。

第2日目 その1

2日目の午前中は、臨床現場の指導医にとって最もニーズの高い「教え方を教える」のセッションに充てた。担当の研究班員、福岡敏雄先生(名古屋大学救急部)自身で作成された小冊子を用いてEBMの各ステップに対応したグループ討論の進め方を紹介していただいた。同じく研究班員の山城清二先生(富山医薬大学総合診療部)は批判的吟味を担当、佐賀大学の学生教育で用いている演習用ワークシートを活用したグループワークを進めていただいた。福岡先生が用いた教材、はこれまで各種の講習会で福岡先生が使用していた資料を、研究班として小冊子に編集し、印刷、製本し直したものである。午前8時から始まった全体セッションとグループワークは次のように進行した。

これらのセッションでは、EBMの各ステップを参加者全員が辿りながら、研修医に如何にEBMの有用性と面白みを理解させるかについて、グループワークを上手に運営するためのコツまでも含めたさまざまの工夫が示され、参加者と講師の間で活発な討論が行われた。

2日目 その2、3、4

2日目の午後は、新しい講義として、研究班員の上野文昭先生(大船中央病院)による「内科臨床研修におけるEBM」と、同じく研究班員の北井啓勝先生(埼玉社会保険病院)の「産婦人科臨床研修におけるEBM」 があり、それぞれ我が国の臨床研修現場でのEBM普及の現状を紹介していただいた。引き続いて同じく研究班員の葛西龍樹先生(北海道家庭医療学センター)に、「NBMとは――「病気」体験と患者中心の医療―」と題して講演していただいた。葛西先生には、第1回講習会から毎回お話していただいている。EBMの第4ステップ(エビデンスの患者への適用)では患者の価値観や医療観を尊重すべきことは言うまでもないが、今回も葛西先生には、従来の医師患者関係の基本をも問い直す医療者の診療姿勢・態度としてNBM(Narrative Based Medicine;「語り」に基づく医療)の実践を、シネメデュケーション(シネマとエデュケーションからの造語)の例を示しながら紹介していただいた。英国におけるEBM普及に当たっても特に重視されてきたこのNBMについて、講演の中では、患者の言葉(患者の語る物語)に耳を傾けることの重要性が力説されたが、非言語的コミュニケーションの意義についても深い感銘を受けるレクチャーであった。

2日目 その5

2日間の講習会は、教育カリキュラム作成のグループワークで締め括った。(1)各研修病院でEBMを根付かせるための工夫と(2)個別の環境で実際に実施可能な教育企画を開発すること、を題材に、学習ニーズの同定に始まり、「一般学習目標(GIO)と個別行動目標(SBO)」、「方略」、「評価」と進むカリキュラムプラニングの基本をたどりながら、EBM教育の方略を中心に、参加者は5グループに分かれてカリキュラム作成の演習を行った。各グループからは創意に溢れたプロダクトが提出された(資料参照)。

最後に

わが国の医療安全推進やEBM教育の第一人者を複数、講師陣に迎えたことと、参加者の熱意により、参加者の感想によると、連日長時間の知的集中を強いられたにもかかわらず、非常に充実した講習会となった。今回の講習会参加者が、次の機会にはEBM講習会(ワークショップ)のファシリテータとして活躍していただくことを要請して講習会を締めくくった。参加者がやや少なかったことは残念であったが、一時期のいわゆるEBMブームがやや下火になりつつある昨今、アンケート結果を分析した上で、今後の指導医講習会のあり方について検討したいと考えている。